どうしてこんなに心魅かれるのか、わからぬ人がいる。星野道夫もそんな一人である。そして、この文庫本の表紙の写真を見るたびに、どうしてもうこの世にいないのか、いまも不思議でならない。

 風のような物語は、彼が高校生の時に古本屋で一冊のアラスカの写真集を見つけ、その中に小さなエスキモーの村の空撮写真があったことから始まった。

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どうしてこんな荒涼とした場所に人間の生活があるのかと、写真の持つ背景に心を奪われていった。この村を訪ねてみたいと思った。写真のキャプションにShishmarefと書いてある。地図の中にその文字を見つけた。しかし訪ねようにも方法がわからない。手紙を書こうにも住所がわからない。辞書でmayorという単語を見つけた。“代表者”・・・きっと村長のような意味だ。これでいこう。

Mayor
Shishmaref
Alaska U.S.A

 それから半年がたち、何の返事もないまま、僕は手紙を出したことさえ忘れかけていた。ある日、家のポストに、外国郵便の封筒が落とされた。

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星野道夫は19歳の夏をシュシュマレフ村で過ごした。それから18年後に再びシュシュマレフを訪れた時にその時の手紙を見せられる。

 人の人生とは本当に不思議だ。わたしの平凡に過ぎてゆく時間の中で彼の存在は風のようだった。古本屋で見つけた写真集が彼の運命を変えた。ただの偶然と呼ぶには、あまりにスケールの大きな話だ。

 たったあれだけの住所できちんと村長の手に届き、返事が来てアラスカでエスキモーの村でひと夏を暮らしたのだ。やがて慶応大学を卒業後、写真家を目指し動物写真家の田中光常氏の助手を務めた後、アラスカ大学に留学。その後、写真家として活躍した。

 こんな人生もあるのだと知れば知るほど驚いた。これは偶然の繋がりなのだろうか?いや、偶然ではない。こうなるように運命の糸が張り巡らされていたように思える。そして今、彼の写真と言葉に出会っているのも偶然なのだろうか?

 偶然ではない。きっとこれも運命なのだ。彼の文章はわたしが失なった大切なものを取り戻してくれた。最後に星野道夫の言葉で今日の日記を結びたい。

「自然に対する興味の行きつく果ては、自分自身の生命、生きていることの不思議さに他ならないからだ。」

ISBN:4094111913 文庫 星野 道夫 小学館 ¥800

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